みんなの小さな幸せ日記

みんなの小さな幸せ集めました。

私が小さな幸せと感じること 「挨拶」

私が感じる小さな幸せは家族、近所の住人の人たちからの「おかえりなさい」という言葉をかけられ「ただいま」と返したり、「おはよう」、や「さよなら」などと挨拶を交わすときです。


なぜ挨拶なのかと言うと、私は昨年まで2年間一人暮らしをしていました。その間家に帰っても誰もおらず挨拶にかかわらず会話というものがなくなっていたからです。また、マンションだったため近くの住人との仲もあまり深まるわけではなく、すれ違うと会釈をするのみでした。


一人暮らしを始めた当初は家に帰っても誰もいない部屋に向かってただいまと言っていましたが、だんだん日が経つにつれてその言葉もなくなりました。会話のない空間、静かな空間とは至極寂しいもので私は常に音楽を迷惑にならない音量でかけて生活していました。


長期休みになると勉強の毎日で会話をすることすらない日々もあり鬱になりそうなときもありました。


そうなりかけたときに、私は話すことって大切なんだと実感できました。
現在では、実家で働いていて、家に帰るとまず挨拶から会話がスタートします、これが当たり前のことです。


やはり当たり前のことが突然なくなると困惑し、調子も狂って来ます。その経験があったので私は普段の何気ない挨拶が小さな幸せとなっています。

クラウドワークスでほんのちょっとお小遣い稼ぎ

私の小さな幸せは、クラウドワークスでほんのちょっとお小遣い稼ぎをすることです。
私は出産を機に退職し、現在も育児中で仕事をしていません。

 

まだ子供も赤ちゃんですので、がっつりと在宅ワークで稼ぐというのも私にはハードルが高く、クラウドワークスで単価の低い案件を都合の良い時にぽつぽつとこなしています。内職感覚です。


ですのでもちろん大きな収入にはなりませんが、塵も積もれば山と…はならず、やっぱり塵の塊ぐらいにしかなりませんが、それでも何もしないよりは何となく自分に社会的価値があるように思えてくるのです。


ログインしてマイページに行くと、受け取った報酬の額が示されています。10円?100円ぐらいで毎日少しずつ増えて行くのを見ると、子供の頃に持っていた貯金箱を思い出して少し幸せな気持ちになります。


また、作業をしていると「子供のママ」以外の自分がいることを思い出すことができます。図らずも育児ノイローゼの予防にもなっているのではないかと思っています。


自分の為であることをメインに考えると、ついでに小銭が稼げるので一石二鳥でハッピーです。


これからも楽しみながら続けていき、いつか子育てが落ち着いたら大きな案件に応募して、ちゃんとした在宅ワークとして取り組んでみるのもいいかもしれないなと思っています。

毎日のおやつタイムが小さな幸せ

私の「小さな幸せ」は日々の子供の成長…ではなく、子供が寝た隙に楽しむ日々のおやつタイムです。子供の成長は「大きな」幸せということにしておきます。


とは言え、育休を取らずに退職してしまった専業主婦の身分です。スタバなどのあまりにも豪華なおやつタイムはごく稀にしかできません。友達との付き合いぐらいでしか行きません。毎日のおやつタイムはもっぱら家で、インスタントコーヒーに市販のお菓子をひとつまみです。


ですがこれが最高に幸せなんです。子供が起きていると遊び相手をしたり、おでかけしたり、泣けばあやしたり、忙しくて自分の時間はありませんが、お昼寝の間はじっくりとコーヒーブレイクを楽しむことができます。

 

どんなに安いお菓子でも、その時の私にとってはとても価値のあるものになります。スタバよりもほんわかとした気持ちになる、まさに小さな幸せです。また、コーヒーで眠気が飛ぶので、子供のお昼寝が終わったあともまた頑張れます。


子供がもう少し大きくなったら、一緒におやつタイムを楽しむことになるかなとは思いますが、食べこぼしたりウロウロしたり、ホッとできる時間ではなくなるのかなと思います。

 

それはそれで楽しくて良いかもしれないなとは思うのですが、今だけの優雅な時間をしっかり満喫しておきたいと思います。

小さな幸せとは何かと考えてみる

そもそも、幸せとはなんでしょうか?

 

そんなものきまってるじゃないかと自分でもすぐ思ってしまいますが、それぞれの人の主体的な感じ方、価値観、それと世間みんなの普遍的な幸せというものについての価値観かなとおもいます。

 

難しく書きましたが、病に苦しむ、経済的に苦しい、ひのめをみない、愛情に恵まれないなど、ぱっと思いつくのでこのようなものですね。

 

概して不幸とは、普遍的な価値観でいうと苦しい、苦痛にしばられている、快方にむかっていないということがいえるのではないでしょうか。

 

私自身のことを書くのは恥ずかしいのですが幸せではないというトーンにそまっていますが自分は恵まれているというのも感じます。

 

恵まれているのは最終的段階で金銭的にということです。今までの人生でほとんど働いたとはいえないくらいの職歴、つきあった女性も一人もいない、友人も3人くらいがやっとという状態です。

 

幸せでないというよりは縛られた感じがあり休日にそれがましになると少しの解放感がある、それが私の小さな幸せだと思います。

 

お酒を飲んでいる時や音楽を聴いている時、食べている時だけが幸せだとよくいわれますが、それにあたります。人からみれば私は不幸にあたる人生を歩んでいるとなるのでしょうが私は自分の精神状態が快か不快かで小さいけれども幸せを感じるのだと思っています。

育児は大変だけど、そんな日々が小さな幸せ

初めての育児、気がつけば4年目に突入しようとしています。故郷を離れて嫁いできたので周りには知り合いもおらず、毎日が緊張と疲れでいっぱいでした。


楽しかったよりも大変だった思い出のほうが多い気がします。

娘もあっという間に幼稚園。言葉も達者、1人でできることが増えてきました。今になってやっと余裕ができた感じです。

もちろん赤ちゃんのころだって、この子が産まれてきてくれてよかった~と幸せを噛み締める瞬間はありました。けれどやっぱり忙しくて辛かったほうが勝っちゃうんですよね。

最近は子供と旦那と3人で出掛けることが小さな幸せです。公園や動物園、行き先はどこでもいいんです。

子供のキラキラした笑顔と笑い声が私の幸せです。それに普段の家事育児のストレスから少しだけ解放されますしね。

娘と手を繋ぎながら「あ~幸せだなぁ」なんて思ったりしてます。

まだ3歳半なので、1日の中でご機嫌ナナメな時間は何度かあります。私も母として娘の態度にはどっしり構えてやりたいんですが、どうしても私もイラつくことはあります。

まだまだ未熟者な私。育児ってホント大変…そんな毎日です。

ですから日常を忘れさせてくれるようなお出かけがちょっとした幸せなのかもしれません。

晴れの日

私が感じる小さな幸せは、天気が良く晴れていること。


恐らく、そんなこと?ってくらい小さい幸せだとは思うのですが、私は朝起きて天気が良いと、朝から幸せを感じます。私は早起きをして、天気が良い日はランニングにでかけるのですが、朝から気持ち良い汗をかけるので気持ちもすっきりします。そのあと、お気に入りなのがベランダでコーヒーを飲むことです。

 

夏はアイスコーヒー、冬はホットコーヒーを飲んでゆっくりします。時間がある時は、その日の気分に合わせて豆を引いてホットコーヒーを作ります。私はコーヒー好きなので、コーヒーの香りに包まれるとほっこりした気持ちになれます。


そして洗濯物を回して干すのですが、洗濯物が乾いた時のお日様の匂いは、何とも言えないくらい幸せな気持ちにさせてくれます。いつも、洗濯物をしたタオルの匂いを嗅いでは、ふわふわした心地よい気持ちに浸っています。

 

買い物に出かける時は、紫外線が気になるので日傘をさすのですが、日傘もお気に入りの物を使っていて、日傘をさすのも楽しみの一つです。

 

きっと晴れている日が幸せだなんて、何気ないことだと思うのですが、晴れている日には沢山の幸せが転がっています。是非あなたも小さな幸せを見つけて下さいね。

我が子の子供の成長に涙がほろり

我が家には小学生の二人の息子がいます。


今でこそかわいいと思える子供達ですが、もともと可愛いものとおしゃれが好きな私としては当初から娘を持つことが夢でした。


体力もありわんぱくな子供たちに振り回されるような生活を送って、毎日ヘトヘトになっていました。


しかし、下の子が小学校に入学したあたりから自分の時間を持てるようになり、もともと好きだった手芸を再会しました。


さて、何を作ろうかと考えたときに一番に思いついたのが息子たちの服です。


カラフルな服が好きな私の息子たちですが、年々男の子の服ってモノクロの物が主流になってしまうんですよね。


もしくはスポーツブランドのジャージ。


でも、うちの息子たちはそれが嫌なようで毎回カラフルな服を探すことに苦労していたので、この際作ってしまおうと思ったのです。


幸い二歳の年齢差があるものの、二人の体格差が殆ど同じなので一枚の型紙で服が作成できることも私のやる気を盛り上げてくれました。

息子たちに話すととても喜んでくれ、一緒に生地を選びに行くことになりました。


上の息子は高学年になり、親との距離をとりたい時期かなと思ったものの一緒に洋服の作成を楽しんでくれました。


そして、できた服を見た二人は「ママ、ありがとう」ととても輝いた笑顔を私に向けてくれました。


その上、出来たパンツを見た長男は「ここには僕がボタンを付けたい」といって、弟の分とお揃いに買った木製のボタンを二着分縫い付けてくれました。


今年から家庭科が始まったというものの、糸を通すだけでもかなりの時間を要してしまうような状態でも懸命にボタンをつける息子を見て、その成長に涙がこぼれそうになってしまいました。


こうした親子の時間こそが私の小さな幸せです。

自分ができることで人の笑顔を導くことが「小さな幸せ」

基本、どんなことにも幸せを見つけ出そうとしています。自分ではそんな風に思っていなかったのですが、それを人に言われて気づきました。


「ふうん、そんな風に考えるんだね」って。その人は、毎日結構職場で私を観察していたのでしょうね。何かあっても明るい顏している私に、ちょっとした嫉妬も持っていたのだと思います。

 

「クレーム」の多い、ちょっと辛い仕事をしているので、私達は何もしていなくても、朝からネガティブな気持ちに追い込まれていくことが多いです。


 そんな中で、唯一何をもって気持ちを切り替えられるか、というと、職員同士のコミュニケーションになります。

 

彼女達数人の顏はもう半日経過すると披露の色が見えます。そんな時、私は「ばか」になるのです。今はTVでも、「天然」と呼ばれる人達がひっぱりだこですが、同じなのかもしれません。


 「えー、そんなのも知らんくて、よく生きていたね」と、からかわれたり、馬鹿にされたりしますが、あえてそういう役まわりをすることで、気持空気も和みます。

 

そしてそんな空気の入れ替えができた、と思う瞬間こそが、私の日々の「小さな幸せ」と言えるでしょうか。これは延いては居心地のよさとなって、自分にも返ってきます。

見栄えもよくて美味しいスイーツやパンが出来上がった時

スイーツやパン作りを趣味にしています。
色々なレシピをチェックして、こういうものを作りたいと思うものがあったら作るようにしています。

そんなスイーツ、パン作りの中でこれは失敗してしまった、というものも多いです。
でも逆に見栄えも良くてどこかのお店で購入をしたもののような自分でも大満足、というものが出来上がると幸せな気持ちになります。


それがとても美味しかった時。
見栄えもよくて美味しい、というものができた時は嬉しくもなりますし、幸せを感じます。


写真を撮ってSNSにアップをして、嬉しいコメントをいただけたりするのも嬉しいです。

失敗をすることも多いですが、上手に出来る時もあります。
本当はすべて成功、満足できる仕上がりになったというのがベストなのですが、そういうわけにもいきません。
失敗をしてその中から次はこうしよう、という気持ちにもなれると思うのです。

レシピサイトをチェックして、参考になりそうなものをピックアップして別のものを作るということもあります。


例えば杏仁豆腐の材料をちょっとアレンジして杏仁ムースにしたり。
それもある意味思いつきです。


そのアレンジをしたものが成功をすると、本当に嬉しいですし、ささやかだけど小さな幸せです。

毎日残さず食べてくれるお弁当

私は今、彼と結婚を前提に同棲をしており、
お互い30近いのですが、
なかなか収入の安定しない毎日を送っています。


なぜならば私は現在、
病気を患い、闘病生活を送っているからです。

病気なる以前は正社員として会社勤めをしており、
平均以上は給料をいただいていたのですが、
治療にできる限り専念ができるようにと、
その仕事を辞め、時間等に融通の利く所で、
パートとして働くようになりました。

その結果、彼のお給料の3分の2にも満たない収入しか、
今現在、稼ぐことができていません。

そして何よりも治療費が毎月
5万円以上かかってしまっているのです。


そんな自分でも同棲しようと言ってくれた彼に、
それ以上の負担をかけたくなくて、
できる限り彼を支えたくて、
同棲を始めてから家事は基本的に全て自分が担当し、
毎朝5時頃仕事に出かけていく彼のために
お弁当を作ることにしました。


しかし彼のお弁当を作るためには4時前に起床をし、
力仕事の彼の必要な量と
栄養バランスを考えてお弁当を作るのは、
私にとってそこまで簡単なことではありませんでした。

また料理もそこまで得意ではなかったので、
きっと美味しくない日もあったことと思います。

寝坊をしてほとんどおかずの入っていないお弁当だったり
お弁当には適さないおかずを入れてしまったり

そんな日も数えきれないくらいあり、
彼を支えたいと思っているのに、
お弁当のせいで迷惑をかけてしまうことが何度もありました。


それなのに彼は今日まで
お弁当を残したことは一度もありませんでした。
同棲を始めて1年以上経った今でも
空のお弁当箱を毎日持って帰ってきてくれます。



これが私の小さな幸せです。
今日も残さず食べてくれたんだと
空のお弁当箱を見て幸せを噛み締めています。