みんなの小さな幸せ日記

みんなの小さな幸せ集めました。

精神障がい者シングルマザーな私の幸せ

私の毎日の幸せをお話しします。


10歳の次女と暮らせることが幸せです。

 

学校に出かけて、帰って来て、おやつを食べさせて、友達と遊んで、宿題をやって、音読を聞かせて貰い、ピアノの練習がうちの中に流れる。テレビを見て笑っているところを見て、美味しそうにご飯を食べてて、一緒にお風呂に入り、いろいろなことをおしゃべりする。そんな日常が本当に幸せです。


何故なら、私は、七年近く、子供と暮らす事が出来なかったのです。私は辛いことがたくさんあり、精神病にかかりました。結果、子供たちの前で自殺未遂をしてしまいました。それは、子供を精神的虐待にあわせたとみなされ、育児ができなくなったのです。三年近く入院もしました。だから、子供と住めることが本当に幸せなのです。


皆さんがあたりまえにしていることが出来なくなって、だから、余計に幸せを感じています。

 

私にはほかに成人した子供が二人います。

 

三人の子供をもうけた事も幸せです。残念ながら、途中から育児をできないまま、彼らは社会に出てしまい、もう一緒に暮らす事はないでしょうが、元気に幸せに暮してくれている事が、私の幸せです。


長男は良い仕事先を見つけて、彼女さんと同棲しています。長女は、近所の公立大学の四年生で、就職活動をしています。


そんな子供たちに恵まれて私はとっても幸せ者なのです。

自分の足りないところを教えてくれた!

今の会社に入社して約半年が経ちました。


自分の仕事に対することで、足りないと思うところを上司に直接言われました。


今の会社は一人一人契約が違い、僕は現在は契約社員という立場にいます。


仕事内容は小学生~中学生にiPadやパソコンを使ったプログラミングをほぼ毎週教えています。教室では教えるのが仕事ですが、本部では教室運営やこれからのイベントの準備をするのが僕の仕事です。


しかし、本部にいる時間を使って、今週する授業の準備や勉強をしていて本部にいるときは授業のことじゃなくて、全体に関わる仕事をしないと本部に来ている意味がないと言われました。 言われてはじめて、自分は全体のことを考えていなく自分のことだけを考えて仕事をしていました。


上司からは『自分に焦点をあてるんじゃなくて、相手に焦点をあてること』『ゴールを明確にして、そこから逆算して行動する』『授業を楽しんでもらうための授業のクオリティをアップさせる』ことが、これからの課題だと言われました。


言われている時はがっかりして、あんまり考えれなかったけど、後々ゆっくり考えたら正しいことを的確に行って下さったと思いました。


これからは、自分の課題が分かったので課題をクリア出来るように少しずつでも挑戦していきたい思いました。

息子の定期テストの順位が上がった

中3の息子は、普段から、のんびりした性格で闘争心もないから、テストも何か、やる気がないのか、あるのか、わからない感じで、勉強しに自分の部屋に行っても、気がついたら、リビングでタブレットでゲームをしながら、幸せそうにしています。

 

本当に、親バカだけど、中3で身長も高くなり、子供というより、青年になりかけている、息子に可愛いとは、変だけど、可愛いのです。そして、成長してほしいという気持ちと半分に、これ以上成長して、手元から離れてしまう、寂しさ。

 

こんな事思っては、いけませんよね。やはり、自立して、自分の道を生きていかなければいけないから、甘やかしてては、いけないと思いつつ、ちゃんと、子離れ出来ていない自分を、反省したりです。

 

そんな息子が、いつものテストでは、学年の半分ぐらいの成績ぐらいで、受験したい高校のレベルまで全然届かない感じで、怒ったところで、本人のやる気と自覚だと思うから、なるようなれとしか思わないようにしていました。

 

しかし、今回は、ちゃんと自覚があったのか、本当に良く勉強しました。土日もかなりの時間を勉強して、順位が大きくアップしました。少し希望の学校が見えてきました。本当に小さな幸せです。

世界が終わる前に食べたいもの

もしも、世界が明日終わってしまうなら最後に何を食べたい?なんて話をする事がある。

その質問で得られる答えは様々で、人によって違うので面白い。

お母さんの作ったおにぎり
おばあちゃん家のお漬物
奥さんが作ってくれるご飯
と、いわゆるお金で買えないものを答える人もいれば、

A5ランクの松阪牛とか、トリュフ!とか蟹!とか高級食材をあげる人もいる。

夫と結婚する前から行っていたフレンチレストランで最後の夜をしっとり過ごしたいと言っていた人もいたし、ラーメンがすごく好きな友人は、世界が終わる一年前には終わる事を知りたいと口にしていた。

全国にラーメン屋が何軒あると思ってるんだ!と力説していて、人生と食事は切り離すことが出来ないもので、その日の人生の目立つ場所にラーメンの二文字はあるんだなぁと、面白さすらあった。

人は食事をしなければ死んでしまう。

かと言って、なんでもいいから満たされればそれで、という人は日本では少ない。

食事を大切なものだと思っているからこそ、人それぞれにロマンがあって、個性が形成されるのだと思う。

私は世界が終わる日には西瓜を食べたい。西瓜を丸々ひとつ、切り分けてそれを頬張りながら、シャリシャリした音に包まれて旅立ちたい。

どうして、そこまで西瓜を好きになったのかはもはや覚えていない。

世界が終わる季節が夏だといいなと思って生きている。

小さな幸せがあってこその大きな幸せ

私にとって小さな幸せってなんだろう?

そう考えたときに一番最初に思い浮かんだのは

子どもたちの笑顔や旦那さんの存在でした。



子どもには毎日怒ってばかり、時には一人になりたい!

って思うときもあるのですが、

やっぱり子どもたちの笑顔や旦那さんがいるから毎日頑張れるんだと思います。



上を見ればきりがなく 

もっとお金があったら…

いろんなところに旅行に行けたら…

大きいお家に住めたら…

って考えることもあります。



周りの友達の話を聞いていると、

旦那さんが優しくて、家事や育児を手伝ってくれて…

めちゃくちゃ羨ましいと思ってしまいます。



旦那さんや子どもたちのために

掃除、洗濯、ご飯を作って…

自分の時間なんて全然ない!



お金がないからオシャレもできない、

だんだん卑屈になっていく自分がいる…。



でも家族がいるからどんなときも支えになってくれる。

どんなときも味方になってくれる人がいる。



こうやって何気ない日々を過ごすこと

毎日淡々と思えてしまうけど

それこそが私にとって小さな幸せなのかな。



卑屈になってばかりじゃなく

小さな幸せを大事に思える人になりたいと思います。



そしてそれがいつか気づいたときには 

大きな幸せになっているような気がします。

育児中の私にとっての小さな幸せ

私の小さな幸せは子供が寝てしまった後の時間です。


寝た後はやっと私だけの自由な時間になるんです。


子供が起きている間は何かと目を配り、そして目を配りながら家事を進めていかないけません。


これがほんとに大変な作業で 子供が生まれるまでは 、何がそんなに大変なのかわからなかったのですが 、自分の思い通りに行かないことが毎日だと 、ほんとに疲れちゃうんですよね。

子供が寝た後はいろんなことに目を配る必要もなくなり、やっと一息つける幸せな時間です。


今は動画配信サービスで海外ドラマを見つつ ダラダラ過ごしています。

今度はスイーツも準備しておこうかななんて考えてます。


そういうことを考えるのも楽しくて、これも私にとっての小さな幸せです。

こうやって書くと本当になんて小さな幸せなんだろうと笑えますが、でもこの小さな幸せは子供がいるからこそ感じられるものなのかもしれません。


子供がいないときは自分のためだけに使う時間なんて当たり前で、でも思い返せばそんな貴重な時間を無駄に使ってきたなと思います。


なのでこうやって時間が貴重だと思わせてくれた育児は、ありがたいことなのかもしれません。

まだまだ育児は続きますが、小さな幸せのためにも頑張っていこうと思います。

私が小さな幸せと感じること 「挨拶」

私が感じる小さな幸せは家族、近所の住人の人たちからの「おかえりなさい」という言葉をかけられ「ただいま」と返したり、「おはよう」、や「さよなら」などと挨拶を交わすときです。


なぜ挨拶なのかと言うと、私は昨年まで2年間一人暮らしをしていました。その間家に帰っても誰もおらず挨拶にかかわらず会話というものがなくなっていたからです。また、マンションだったため近くの住人との仲もあまり深まるわけではなく、すれ違うと会釈をするのみでした。


一人暮らしを始めた当初は家に帰っても誰もいない部屋に向かってただいまと言っていましたが、だんだん日が経つにつれてその言葉もなくなりました。会話のない空間、静かな空間とは至極寂しいもので私は常に音楽を迷惑にならない音量でかけて生活していました。


長期休みになると勉強の毎日で会話をすることすらない日々もあり鬱になりそうなときもありました。


そうなりかけたときに、私は話すことって大切なんだと実感できました。
現在では、実家で働いていて、家に帰るとまず挨拶から会話がスタートします、これが当たり前のことです。


やはり当たり前のことが突然なくなると困惑し、調子も狂って来ます。その経験があったので私は普段の何気ない挨拶が小さな幸せとなっています。

クラウドワークスでほんのちょっとお小遣い稼ぎ

私の小さな幸せは、クラウドワークスでほんのちょっとお小遣い稼ぎをすることです。
私は出産を機に退職し、現在も育児中で仕事をしていません。

 

まだ子供も赤ちゃんですので、がっつりと在宅ワークで稼ぐというのも私にはハードルが高く、クラウドワークスで単価の低い案件を都合の良い時にぽつぽつとこなしています。内職感覚です。


ですのでもちろん大きな収入にはなりませんが、塵も積もれば山と…はならず、やっぱり塵の塊ぐらいにしかなりませんが、それでも何もしないよりは何となく自分に社会的価値があるように思えてくるのです。


ログインしてマイページに行くと、受け取った報酬の額が示されています。10円?100円ぐらいで毎日少しずつ増えて行くのを見ると、子供の頃に持っていた貯金箱を思い出して少し幸せな気持ちになります。


また、作業をしていると「子供のママ」以外の自分がいることを思い出すことができます。図らずも育児ノイローゼの予防にもなっているのではないかと思っています。


自分の為であることをメインに考えると、ついでに小銭が稼げるので一石二鳥でハッピーです。


これからも楽しみながら続けていき、いつか子育てが落ち着いたら大きな案件に応募して、ちゃんとした在宅ワークとして取り組んでみるのもいいかもしれないなと思っています。

毎日のおやつタイムが小さな幸せ

私の「小さな幸せ」は日々の子供の成長…ではなく、子供が寝た隙に楽しむ日々のおやつタイムです。子供の成長は「大きな」幸せということにしておきます。


とは言え、育休を取らずに退職してしまった専業主婦の身分です。スタバなどのあまりにも豪華なおやつタイムはごく稀にしかできません。友達との付き合いぐらいでしか行きません。毎日のおやつタイムはもっぱら家で、インスタントコーヒーに市販のお菓子をひとつまみです。


ですがこれが最高に幸せなんです。子供が起きていると遊び相手をしたり、おでかけしたり、泣けばあやしたり、忙しくて自分の時間はありませんが、お昼寝の間はじっくりとコーヒーブレイクを楽しむことができます。

 

どんなに安いお菓子でも、その時の私にとってはとても価値のあるものになります。スタバよりもほんわかとした気持ちになる、まさに小さな幸せです。また、コーヒーで眠気が飛ぶので、子供のお昼寝が終わったあともまた頑張れます。


子供がもう少し大きくなったら、一緒におやつタイムを楽しむことになるかなとは思いますが、食べこぼしたりウロウロしたり、ホッとできる時間ではなくなるのかなと思います。

 

それはそれで楽しくて良いかもしれないなとは思うのですが、今だけの優雅な時間をしっかり満喫しておきたいと思います。

小さな幸せとは何かと考えてみる

そもそも、幸せとはなんでしょうか?

 

そんなものきまってるじゃないかと自分でもすぐ思ってしまいますが、それぞれの人の主体的な感じ方、価値観、それと世間みんなの普遍的な幸せというものについての価値観かなとおもいます。

 

難しく書きましたが、病に苦しむ、経済的に苦しい、ひのめをみない、愛情に恵まれないなど、ぱっと思いつくのでこのようなものですね。

 

概して不幸とは、普遍的な価値観でいうと苦しい、苦痛にしばられている、快方にむかっていないということがいえるのではないでしょうか。

 

私自身のことを書くのは恥ずかしいのですが幸せではないというトーンにそまっていますが自分は恵まれているというのも感じます。

 

恵まれているのは最終的段階で金銭的にということです。今までの人生でほとんど働いたとはいえないくらいの職歴、つきあった女性も一人もいない、友人も3人くらいがやっとという状態です。

 

幸せでないというよりは縛られた感じがあり休日にそれがましになると少しの解放感がある、それが私の小さな幸せだと思います。

 

お酒を飲んでいる時や音楽を聴いている時、食べている時だけが幸せだとよくいわれますが、それにあたります。人からみれば私は不幸にあたる人生を歩んでいるとなるのでしょうが私は自分の精神状態が快か不快かで小さいけれども幸せを感じるのだと思っています。