みんなの小さな幸せ日記

みんなの小さな幸せ集めました。

移ろいゆく時代の流れの中でも子供の無邪気さは安定

日頃の忙しさにかまけて、幸せを感じたいと思うことや努めて幸せを感じようとすることって中々ないと思います。

 

そんな日々のなかでも自然と幸せを感じたり、後から振り返ってこれは幸せかもしれないと思ったりするのが小さな幸せなのかな、と思います。


私にとってその小さな幸せを運んできてくれる存在が子供です。

 

例えば日々の買い出しや支払い等にあくせく動いている時にフッと視界に現れる見知らぬ子供達。特に何か遊ぶものがあるわけでもなく、ただ追いかけっこをしたり髪を結ってみたり。

 

はたまた、誰と話すわけでもなく一人でお気に入りの何かをただずっとさわっていたり。彼らには大人には感じられない彼らだけの世界があって、夢中で遊んでいるのです。私はそんな光景を見るときに自分にもこんな時があったなと感じつつ、微笑ましく思うものです。


ついこの間私が買い物をしていると、カートに乗った小さな男の子とふと目が合いました。その子はこちらをじっと見つめ、私はニコリと返しました。

 

大体の子供は興味を示さなかったり、そっぽを向いてしまったりが多いですが、そのお子さんは手を振ってくれました。

 

私はそれをみて心がなごみ、なんてフレンドリーな子なんだろうと感心していました。そんな日常の小さな幸せが今でもこうやって心に残っています。

私の小さな幸せは父が花を買ってくれること

私は就職して1年で、ストレスからパニック障害という精神病になりました。それから仕事を休職し、もう3ヶ月が経とうとしています。色々な支払いで溜めていたお金も尽きてしまい、どこかへ遊びに行くこともなかなかできません。


ですが、毎週水曜日はお父さんの仕事が休みです。自営業の父は毎日朝から晩まで働き、休みの日には私を連れて近くのスーパーへ行ってくれます。


私は実家にお金を入れることが出来ないまま住まわせてもらっているので、料理や、家事洗濯などは私が担当しています。


ですが、買い物は1人で行くことが出来ないため、買い出しには連れて行ってもらわなければなりません。そのため毎週水曜日に父が連れて行ってくれるのですが、その時に毎週のように切り花を買ってくれます。

私が好きなことを知っていて、今日は何にする?と聞いてくれ、選んだ花を1週間きれいに保ち、保つことができると褒めてくれます。


今年24歳になるのに働くこともできず、ただ家にいるだけの私が、お花を枯らさないことをただただ毎週褒めてくれます。


社会から疎外されたような気持ちで毎日を過ごし、辛いこともありますが、毎週水曜日を楽しみに、褒めてもらえることを素直に嬉しく思い、幸せで、のんびりと、でも確実に病気と向き合っていこうと思います。

愛する子供の寝顔を見られることが、私の小さな幸せ

毎日遅くまで仕事で、家に帰るのが11時は過ぎます。


二人の子供(小学生低学年と幼稚園児)は当然のように、ご飯もお風呂も終わって、布団に入って寝ているのです。


疲れて帰って、でも子供二人のかわいい寝顔を見ると、その疲れも癒されますね。


最近は口もませてきて、偉そうなことを言ったり、いう事をなかなか聞かなくて怒られることもしばしばだけど、寝ている時だけは無条件にかわいいのです。


ずっとその寝顔を見てられる、そんなかわいさ、癒しです。


兄弟二人よくケンカをしたり、お兄ちゃんにいじめられたり、泣いたり泣かされたりとしていますが、寝ている時だけは仲良く手を握って寝ていたり。


思わず微笑んでしまいますよね。


朝も早くて子供たちが起きるまでに出勤してしまうのですが、今日も帰ったらまたあの寝顔を見られるかなと思うと、今日も一日頑張ろうと思えます。


もちろんスマホで電話したり、テレビ電話したりと、まるで会わないというわけでもないのですが、やはり直接に生の二人のかわいい顔を見られるというのは、スマホを通じて見るよりもよほど嬉しいものがあります。


かけがえのない二人の小さな子供、その寝顔を見られるのが、私の今の小さな幸せですね。

今、「小さな発見」が「小さな幸せ」に直結しています。

 今、「小さな幸せ」で生きているように思います。中でも、「小さな発見」は幸せと直結していると言えます。


 私はよく娘達に頼まれて一緒に買い物に行くのですが、本当はあまりあちこちで歩きたくありません。

 

そもそも人ごみが苦手なので。それでも今、孫が小さいので娘達の買い物最中の子守役兼運転に駆り出されます。

 

普段は一人、近場の買い物し慣れた店にしか行かないのですが、なぜか娘達と一緒に行ったお店には、私のよく使う食材が特価で購入できたり、以前から 「こういうのがあったら、欲しいな」と、思ってた物に出逢えたりと、ラッキーな巡り合わせがあることに気づきました。


 先日は、会社によく持って行くドリンクが56%引きでまとめ売りされていたのを発見!その店では他に、夏用に欲しかった白のレースのブラウスが1000円以下で購入できたのですが、数日後は朝必ず摂取する「レモン」が格安で手に入る店を知りました。

 

レモンはたいていのお店では一つの料金が高いので、諦めて帰る日も多かったのです。それが産直で大玉、減農薬という、なかなかお目にかかれない品質で、しかも3、4個で300円以下で手に入ったのでした。


 こんな恵みが続き、今では「今日はどんな嬉しい発見ができるかな」と、娘達とウキウキしながら出かけられるようになりました。

青じその苗を買ってきたら、どんどん育ってくれて嬉しいです。

4月に近所の花屋さんの店頭に、青じその苗が売られていました。一つ60円。あまり期待はせず、窓辺のグリーンの感覚で買ってきました。日当たりの良い窓辺に置き、とりあえず毎日お水だけはあげるようにしました。


それからしばらくして、ある時期から突然大きくなり始めました。茎も高く伸び、葉っぱが次から次へと出てきます。その葉がまた大きいんです。スーパーで売られて
いる青じそより、二回りくらい大きいのには驚きました。


その大きな青じその葉を食べてみると、すごく柔らかい!青じそって、堅くて少しザラザラしているイメージがありませんか?窓辺の優しい日光で育てた青じそは、歯の厚みも薄くて、フニャフニャなんです。

 

でも、味と香りは全く遜色無く立派な青じそです。初回はサラダに乗せて頂きました。その後も、お吸い物に小さく切ってトッピングすることもありました。


家で青じそを育ててみて思ったのは、まず便利だということ。必要な時に一枚だけ採取出来ます。

 

そして、冷蔵庫に入れないので、低温で黒っぽくなることもないのも良いです。

 

それから、当然ながら経済的。苗は60円でしたが、葉っぱはたくさん出てきますので完全に元がとれています。緑の葉っぱが日差しで透けて見えるのも本当にきれい
です。


園芸はあまり得意でない私でも立派に成長してくれて、ちょっと幸せです。

久しぶりの休日に子供たちとラウンド1へ

サービス業のため土日祝日も交代勤務となり、なかなか休みが取れないのですが、今年は長男が中学生となり、長男も土日は部活になることが多く、家族そろって休日となる日がほとんどなくなってしまいました。

 

先日たまたま私の休みと長男の休みが重なったので、久しぶりにどこか遊びに行こうかという話になりました。しかし、事前に準備していたわけでもなかったため、どこに行くか全くあてもありません。

 

ネットなどでイベント情報なども見てみましたが、とりたてて魅力的なイベントもなく、じゃあラウンド1にでも行こうかという事になりました。

 

車で1時間ほどの場所にあるラウンド1に朝から出かけると、午前中の為かそれほど混んでもいない様子でした。いろいろなスポーツが体験できましたのでとりあえず一通りやってみることに。

 

ローラースケートから初めて、バッティングやゴルフ、テニスなど結構子供たちと一緒に楽しむことができました。カラオケもあり、親子で初めてカラオケすることもできました。長男はバスケ部なのですが、今年始めたばかりでまだまだ初心者。

 

私も少し学生の頃バスケットをしていたこともあり、最後は長男としばしの間1on1を真剣にして終了となりました。久しぶりの休日で親子でスポーツを満喫できた一日となりました。また次回を楽しみにしています。

自分の幸せを探す作業は明るい未来への道しるべ

幸せの形って人それぞれです。


でも、具体的に幸せって何だろうと考えると意外と出てこないものです。


大好きなものを食べている時、確かに幸せだけど、本当にそれかな?と考えてしまいます。


この考える作業、意外と大切だと思います。


結果的に本当に自分が幸せだと思えることを見つけられたら、その瞬間から幸せに向かって生きていけるから。


では、私の幸せはなんだろう?


最近何気なくそんなことを考えていました。


幸せな時って、嫌なことを忘れることができて、その時間が愛しい。


でも、なかなか思いつきません。


何故なら幸せが日常に埋もれ過ぎていたからです。


子どもの頃無我夢中でしたことあったかなと振り返りました。


そこに幸せがありました。


そして、今もそれができます。


読書です。


フィクションの世界に入り、主人公になり、現実とは違う世界を生きることができる読書をしている時間が私の幸せだとわかりました。


しかし、あまりにも毎日が忙し過ぎて、読書をする時間がなかったので自分の幸せに気づくことがなかったのです。


読書が幸せなんて、なんて安上がりだろうとふと笑みがこぼれてしまいました。
こうやって気づくと、本屋さんに行くことも楽しみです。


読書が好きな人にとっては本屋さんは天国のような場所でしょう。


あとは読書をするための時間を取るだけ。


今はその計画をするだけでもとても幸せです。

毎日の家事と闘い!タイムトライアル!

私にとっての小さな幸せは
時間通りに、もしくは時間やら早く
家事を終えることができたときに
感じられます。

彼氏と同棲中なので、共働きです。
彼は残業が多く帰ってくるのが遅いので
家事全般は私の仕事になっています。


とくに急がないといけない理由は
ないのですが、自分のゆっくりする時間も
欲しいので、家に帰ったら座る間も無く
家事に取り掛かります。

洗濯物を取り込み、晩御飯を作って
洗い物をしてといういつもの流れですが
たまーにとってもはやく終わる時があるんです!


このあとはゆっくり過ごすぞ!という
幸せを感じることはもちろんなのですが、
お、今日の自分効率いいな!と
自画自賛したくなるのです(笑)


きっと何年も共働きで家事もこなしている
女性の方はたくさんいると思いますが
これは自分との闘い!なので
いつもタイムトライアル状態です♪

はやく終わると決まってすることが
読書です。

 

本を読むのが大好きなのですが
長い時間読むのは集中力が切れるので、
こんな感じで空いた時間にサクッと読んで
続きは明日...というルーティーンが
私には合っているみたいです。


これからも続けて行こうと思います。

トータルして言うと、時間の有効活用が
私の小さな幸せということですかね?


要領の悪い私ですが、私なりに
うまく時間を使っていきたいです。

小さな幸せは物事が思い通りにいくこと

タイトルにものすごい自己顕示欲が強い人間に思われたかもしれません。

しかし、私の言う小さな幸せは本当に些細なことですよ。

例えばテレビや街で広告のキャッチコピーを見かけたとき、一部見えなかったりしませんか?


他にも、知らない曲なのにちょっとリズムとってみたら、意外にも合った。


電車のドアが開いたり閉まったりするタイミングが頭の中のイメージとぴったり同期した。


ドリンクバーでストップボタン押してから絶妙なタイムラグがあっての停止が奇跡的なタイミングだった。

こんなことに幸せを感じられてしまえれば、 1日が小さな幸せで溢れてくると思いませんか?

そんなんで幸せ感じられておめでたいやつだ、と思われるかもしれません。

 

ですが、私はそれでいいのです。なぜそんなことにいちいち感情を持てるかというと、そのちいさなこといちいちに対して、自分の頭で考えているからです。考えているからこそ、よし!のように感じることができるのです。

みなさんも、小さなことにも自分の考えや感覚を持つように心がけてみてはいかがでしょうか。こうすることぇ、小さな幸せが増えるだけでなく、見えないものが見えるようになり、世界がぐっと広がりたます。ワクワクしてきましたか?

専業主婦が感じる幸せな時間~毎日の幸せ探し~

私は専業主婦で夫と小学2年生の男の子がいます。


結婚して9年目になりますが、ずっと専業主婦をさせてもらっています。


主婦って何やってるの?と思われるかもしれませんが、掃除や洗濯、料理などから家族に関する用事を済ませたりと本当にありとあらゆることをやっています。


私は、この家族をサポートする主婦の仕事が大好きです。


洗濯物の汚れが落ちてキレイになっている時、天気が良くて洗濯物がカラッと乾いた時「あ~幸せだなあ」と感じます。


汚れているところを掃除して片付いた時、毎日作った料理を「美味しい!」と言って食べてくれた時、そしてみんなが元気に会社や学校に行ってくれた時。


毎日毎日たくさんの幸せを感じられる事が本当に嬉しいです。


家族をサポートできることは私にとって楽しいことであり、家族の笑顔を見られることが私の幸せです。


そしてみんなが出かけた後に、一人で過ごす時間も私にとっては本当に幸せな時間。


大好きなコーヒーを飲みながら録画したテレビ番組を観たり、本を読みながらボーっと物思いにふけったりする時間も至福のひととき。


結局のところ、一日中小さな幸せだらけなのです。


幸せを数えるとどんどん幸せの数が増えていくような気がします。


悲しいことも辛いことももちろんありますが、気持を早く切り替えて楽しいことを見つけたほうが幸せに近づけるかな…と今日も幸せ探しをしている私です。